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☆日本ではあまり知られていない、ノコナ のブーツですが元々はジャスティンの妹エニィドジャスティン(1枚目写真中央の女性です)が創業した会社です。
ノコナ の工場も訪問した事があるのですが、ダラスからハイウェイを走る事2時間、本当にのんびりとした田舎街(街の名前がノコナ
)です、多分人間より 牛の方が多いでしょう。
働いているスタッフも都会の人間のようにあくせくせず、ゆったりとしたスローライフを楽しんでいるといった 雰囲気です。
ノコナ の終業は5時ですが、5時になった途端会社には誰も居なくなるといった感じで、金儲けより自分の好きな物を好きな様に作っている
ようですね。
ノコナ の 特徴として創業者は女性で、その時のスタッフも女性だったせいかレディスのブーツが人気があります。
最近ノコナ は奇抜なデザインは 少なくベーシックなデザインが主流ですが、ここ何年かの間に革の質が良くなった様に感じられます。
歴史
創業はジャスティンから分家したのがはじまりですが(それ以前についてはジャスティンについてを参照ください)
1925年にEnid Justin(以下エニッドジャスティン)はジャスティンブーツがフォートワースに移転するに伴い 自分は地元ノコナ
タウンで事業を継続する事を決めます。
そこで新しいブランドノコナ を数人の女性スタッフと立ち上げます。
しかしその時には、ジャスティンでの経験と1000種類のブーツ用足型を持っておりノコナ ブーツをつくる事に関しての問題はありませんでした。
しかし問題はどうして顧客を獲得するかです。
エニッドジャスティンはパイオニア精神の持ち主で、アメリカ中をT型フォードで走り回り、牧場主やオイルマンからノコナ
ブーツの注文を取り寄せました。
ど根性 女社長ですね、、、、 また、根性だけではなく、なかなかのアイディアマン(アイディアウーマン)でブーツにつけるスプール(拍車 解らない人はここをクリックください)
をスプールデザインで有名なMcChesneyに依頼したり、ポニーエクスプレスと言う(※あくまで想像ですが、西部劇の時代 昔の貴重品を馬を乗り継ぎ運んでいた人をポニーエクスプレスと呼ばれていたので、昔と同じ様に街から街まで馬を乗り継いだレースだと思います。
正確な情報をお持ちの方は是非教えてください。) レースのスポンサーになったりと精力的に販売活動をしていたみたいです。
また、儲けたお金は積極的に社会貢献の為、寄付をしていました。 1947年にノコナ タウンに新工場を建築(3枚目の写真、今ではノスタルジーのただよう社屋ですが、、)
1981年、エニッドは88歳に引退をしてジョージャスティンにノコナ ブーツを任せますそして1990年彼女はこの世を去りました。
ジョージャスティンもリタイア後はSteve Pickensが社長になり今日へと至るのですが、 現在ノコナ は、年間40万足を製造するメーカーへとなったのです。
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